義母まさ子逝去 |
2016/6/29(水)
オッ家内の母、まさ子(100才6ヶ月)が亡くなった。
6:00 |
朝、6時頃義妹から電話があり「少し様子が変だ」とのこと。 |
8:00 |
自宅をスタート。 高速道は比較的スムーズだった。 |
9:15 |
神戸宅着。 |
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義妹には「いろいろお世話になったね」とか言ったらしいが、我々には「水、みず」とばかり。
オッ家内がスプーンで何度もなめさせていた。
そのあと、苦しそうに喘ぐように息をウーウー(まるでワタシが山登りの際ウーウー言うように)。
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10:59 |
しばらくして静かに眠っていたら、オッ家内が「チョッと」というのでベッドへいくと、息は止まっていた。(10:59)
100才と半年の人生だった。
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11:10 |
主治医(早稲田先生)は近所の医者で連絡するとすぐに駆けつけてくれて、「死亡診断書」を作成してくれた。
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13:20 |
義弟(雅之氏)は喪主として葬儀社(ベルコ)といろいろ交渉する。
その後、我が長男、次男に電話連絡。 |
16:00 |
一旦、生駒へ帰宅。 |
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2016/6/30(木)
今日がお通夜。
9:00 |
二日目も車で神戸へ。 次男は昨夜東京から西堀江のマンションに帰っているので大阪を経由して。
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11:00 |
今日は義母の家から遺体を式場へ。
霊柩車で運ばれるのを見送り、我々も式場へ。
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17:00 |
式場でお通夜。
お坊さんは真言宗真福寺さん。 代々お世話になっているお寺さんだ。
長男も次男も朋ちゃんも参列してくれた。
皆は近くのホテルに泊まる。 ワタシは生駒に帰る。 |
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2016/7/1(金)
8:00 |
生駒をスタート。 高速道はかなり込んでいた。 |
11:00 |
今日は11:00 からお葬式。 3日間生駒から神戸に通った。
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11:45 |
式場から斎場へ棺を運ぶ。 火葬場は鵯越斎場だ。 |
14:00 |
骨上げ。 年令のせいだろう、骨は少ししかなかった。 |
15:00 |
法要、初七日。 |
18:30 |
葬儀を済ませ、長男と生駒に帰る。 次男夫婦は一旦大阪に帰り、電車で生駒に来た。
明日は土曜日だというので皆で飲もうと楽しみだったが、長男だけ急に東京へ帰ってしまった。 |
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今の時代自宅で亡くなる人は少ない。
義妹が一人で約6年半お世話をした。そのうち2年間は全くの寝たきり状態、大変だったろう。
葬式は今はやり(?)の家族葬。 100才を越えてのお葬式は長寿時代とはいえまだまだ少ないらしい。 また今の時期、暑くもなく寒くもなく、葬儀やさんは暇な時期だそうな。 暑さ寒さに影響のある生命だと。
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仏教では法要を行う日が決まっています。
死後七日ごとに四十九日まで行う忌日(きび)法要と、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌などの年忌(ねんき)法要です。
仏教では、死後七週間はまだ故人があの世とこの世の間をさまよっているとされています。
この四十九日間を「中陰(ちゅういん)」と呼んでいます。
死後七日目から七日ごとに七回、閻魔大王(えんまだいおう)をはじめとする十王から、
生前の行いに対してお裁きを受け、四十九日目で来世の行き先が決まるとされています。
残された家族は故人が極楽浄土に行けるように、故人に善を送る(追善)法要を営むのです。
年忌法要は極楽浄土に行った故人がさらなる精進の道へと導くために営みます。
一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌、二十三回忌、二十五回忌、二十七回忌とつづき、
三十三回忌で長い修行の締めくくりとして、故人は菩薩(ぼさつ)の道に入り、「ご先祖さま様=守り神」となります。
仏教ではさらに、五十回忌、百回忌と続きますが、
一般には三十三回忌、もしくは五十回忌をもって「弔い上げ」とし、法事の締めくくりとしています。
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【参考】
大和十三仏霊場
宝山寺 |
不動明王 |
初七日の守り仏
酉年生れの守り本尊 |
西大寺 |
釈迦如来 |
二・七日の守り仏 |
安部文殊院 |
文殊菩薩 |
三・七日の守り仏 卯年生れの守り本尊 |
長岳寺 |
普賢菩薩 |
四・七日の守り仏
辰・巳年生れの守り本尊 |
金剛山寺 |
不動明王 |
五・七日の守り仏 |
當麻寺中之坊 |
弥勒菩薩 |
六・七日の守り仏 |
新薬師寺 |
薬師如来 |
七・七日の守り仏 |
おふさ観音 |
観世音菩薩 |
百ヵ日の守り仏
子年生れの守り本尊 |
長弓寺 |
勢至菩薩 |
一周忌の守り仏
牛年生れの守り本尊 |
霊山寺 |
阿弥陀如来 |
三回忌の守り仏 戌・亥年生れの守り本尊 |
信貴山玉蔵院 |
阿しゅく如来 |
七回忌の守り仏 |
円成寺 |
大日如来 |
十三回忌の守り仏
未・申年生れの守り本尊 |
大安寺 |
虚空蔵菩薩 |
三十三回忌の守り仏
丑・寅年生れの守り本尊 |
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